氷上の軌跡⑥ #67 高見悠斗


こんにちは。
#67番FWの高見悠斗です。
八戸ホワイトベアージュニア→八戸第二中学校→東北高校→中央大学といった経歴です。

他の人と違い、幼稚で内容が薄い文章ですが最後まで読んでいただけたら幸いです。


まず最初に、1番苦労をかけた両親に普段は伝えられない感謝の気持ちを伝えたいと思います。
22年間育ててくれてありがとう!16年間もアイスホッケーを続けさせてくれてありがとう!あまり連絡しなかったけど、常に気遣ってくれてありがとう!最後何としても優勝して恩返しします!


ここから少しだけ16年間のアイスホッケー人生を振り返りたいと思います。

私は小学1年の時に、大東文化大学の馬場風諒選手に誘われてアイスホッケーを始めました。あの時のリンクの匂い、バックスケーティングができなかった悔しさ、今でも鮮明に覚えています。笑
あの時、風諒に誘われてなかったら今頃自分は何をしていたんだろうといつも思います。風諒アイスホッケーに誘ってくれてありがとう!笑

ここから私のアイスホッケー人生が始まったわけですが、幼少期は本当にアイスホッケーが楽しくて、負けたくなくて、無我夢中にアイスホッケーをやっていました。
水泳もバスケもやってましたが、比べ物にならないぐらい楽しかった。小、中、高と上がるにつれアイスホッケーのある生活が普通になり、私の人生にはアイスホッケーしかなくなっていました。


高校は県外の東北高校に入学し、3年間親元を離れて寮生活を送りました。
1年目、全く試合に出れず一年生の仕事で手一杯の生活を送りました。何のために親元を離れて県外に出ているか分からないことが多くあり、ここは監獄なんじゃないかと何度も思わされました。
今では良い思い出ですが、笑

大学ですが、どうしても人生で日本一を経験したくて、北海道勢とホッケーをしてみたくて、実力が伴っていないのは分かっていましたが中央大学に希望を出していました。最初は当然断られましたが、ありがたい事になぜか中央大学に入学できました。笑
ほんとに運が良かった、、、
期待3割、不安7割で入学したわけですが、初めての練習で度肝抜かれました。
日本トップレベルのホッケーは想像以上で、観客気分で練習していました。笑
しかも初っ端から怒られ、一気に不安10割に変わりました。
運がいい事に試合には出ていませんが、1年目から3冠を経験させてもらえました。
人生で初めて日本一を経験したのに、素直に喜べなくて、なぜかすごい悔しかったのを覚えています。

全てが劣っていた私は何か1つでもみんなに負けないものを身に付けようと思い、ひたすらウエイトトレーニングばっかりしてました。今思うともっとやる事があるだろうと思いますが、自分に自信をつけるために必死でした笑
ウエイトがホッケーに必要とか必要じゃないとかじゃないんです。笑
自分の中では、何かで1番をとることに意味がありました。
金子も似たような事書いてましたが、そういうことです!

試合は2年生から少しずつですが、出れるようになりました。試合に飢えていたのですごい楽しかった、、、
幼少期を思い出しながらホッケーをしていました。笑

慣れとは怖いもので、安定して試合に出れるようになると、楽しいという気持ちがどこか薄れていきます。←最近気付きました
もちろん勝てば嬉しいし、負ければ悔しかったけど、楽しくはなかった。

16年間のアイスホッケー人生最後の大会

1試合1試合、しっかりと噛み締めながらあの時の純粋な気持ちを思い出しつつ、楽しみたいと思います。

もちろん目標はインカレ優勝です。

後輩達には1度も優勝を経験させてあげられてないので、何としても優勝したい。
偉そうなこと言ってますが1人ではできないのでみんなの力を貸してください。笑
終わりよければ全て良しということで、最後はみんなで笑って終わりましょう!!


最後になりますが、応援してくださる全ての方々の為、チーム一丸となって全力で闘うので、熱い応援宜しくお願いします!

よく分からない幼稚な文章になりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

#67高見悠斗
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